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*小説を携帯などからUPするスペースです。(かなり自分用です。)   *小話からプチ長編や、本編もちょくちょく更新すると思われます。   *かなりぶつ切りです。   *携帯からの更新故にあまり整理はできません(笑)   *携帯にも対応しています。   *コメントでの感想なども歓迎です。
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料理は昔から得意だった。
物心ついた頃から私は廃れた屋敷の下働きで、家事から庭師の役目まで何でも押し付けられた。

初めは幼かったのでただ汚れた床を拭くだけしかできなかった。
だが要領が解れば別の仕事も足され、次第にその屋敷には私以外の下働きが不要になるほどに。

家事が好きだったわけではない。
ただそれが私の仕事と割り切ってやっていたのだ。
私が優れていたのは手際のよさでも何でもない、ただ単に体力があった。
押し付けられた仕事は他に雇われていた(むしろ飼われていた)少年少女とは違って泣きごともなく完全にこなした。
昼夜働き続け、一週間全くの休みもなしで。

流石に週一日はまともな睡眠時間が必要だったが、それでも夜更けから空が白ける程度の時間で、それがたった週に一回だけ。
それでも家事程度ならフルタイムで活動できたのだから、並ではないだろう。

その時の習慣で、暇さえあれば家事をする。
料理など毎回凝ってしまうので知り合いがわざわざ料亭代わりに夕飯代を払って食べていく。
それもあり料理は習慣というより趣味になっている。

「………ふむ」
キッチンは思ったより悲惨な状態ではなかった。
肉、野菜を買ってきていたのでこの家に何もなくてもそれなりに工夫して料理はできたが、案外調味料や小麦粉、保存食や木の実などそれなりにストックがある。

ここはモロクのスラム奥地。
砂を掻き分け地下に掘り進め建てた家なので見た目よりずっと広い。
そんな家でも手に入れるのは困難で、食料もここらでは十分に手に入らないらしいのにここはとても充実している。

あの男、余程の後ろ盾があるのか、はたまた腕っ節でのし上がったか。



考えごとなどどうでもいい。
あの男についても、目の前に食材が並べばそちらが最優先事項。
炒めたり混ぜればすぐにできるようなものは材料だけ揃えて放置してあり、煮込む鍋のみが音をたてている。
さて、この時間が少々暇だ。
デザートでも作って置くか…。

木の実の入った袋に手を延ばした時、別の部屋で物音がした。
正面玄関はフェイクでその実罠の仕掛けられた部屋に繋がっていて、正しい入口はまた別のところにある。
そのどちらでもない、各部屋の天井を巡っている通気孔の中。

「…でかい鼠だな。」
それよりもやはり最優先事項は料理だ。

料理というのは芸術の分野であると思う。
生を繋ぐ為の必需品であら、そこに造形を加えるなど人間の贅沢だ。
だが更にその中の味という目に見えず計りがたい性質のコントロール、究極にはそれが身体にどんな効果をもたらすかというところまで。
実に奥が深いものだと知らされる。

ウィザードである私は研究員としてゲフェンやジュノーで研究に参加する。
その学びと発見の時間が特に好きで、料理にもそれに似たところがあるので同等に好きだ。



それを邪魔されるのは不快でならない。





「…標的に違いはないが、何故ウィザードの服を着ている。」
「間違いはないのか?」

「…なんだか、髪や肌が前見た時と少し違うが」
「そんなものすぐに変えられる。顔に間違いはないな。」
「ああ。違いない。」

頭の上で男達の声がする。

確かに顔に間違いはないが、人は全くの別人だと内心舌打ちをした。

「はやく“死体袋”に詰めて引き渡しに行くぞ」

その声を合図に、視界が麻の袋に覆われて…




恐らく今までも何体もの死体を持ち運びしてきた袋なのだろう。
中は顔の近くに寄せられるだけで激臭がした。
こんな不衛生で腐った臭いのする袋に入れられるだと?

“本当に死んでも”ごめんだ。





「ぎゃあああああああ!!!!!!!!」

「な、何だと!?」
「さっき、た、確かに、身体ブッた斬って…!!!!」


私の顔に掛かろうとしていた袋を押しのけて、肉片になった男の傍らにほうり出した。
どうやら私の視界が袋に塞がれていたせいで上手く刃が届かず、即死できなかったらしい。
肉と骨と皮、まるで魚を下ろしたようになっている自分の下半身を自失して見ていた。

「ひぐっ」
醜い喚き声を立てられる前にその後頭部に包丁を突き立てた。
ひきつけを起こしたような声を漏らし、それきり床に転がる残骸になった。

「…はあ、部屋を汚したくはなかったんだがな」
キッチンの床は不適切な場所で“生肉解体SHOW”をしたせいで究極的に汚れている。

「お前達、即刻逃げ帰るか、外で解体されるか選べ。」
まるで包丁のように創られた愛剣グラディウスを構え、そう告げてやる。


しかしそのどちらも、ロードオブデスを見たように顔を強張らせてはいるが、退こうとしない。
「…馬鹿が。」
舌打ち一つして、私は血が万遍なく広がった紅の床を一本踏み出した。




どんなに身体を鍛えても、進化をしても、有機物であるなら必ずそこには隙間がある。
内臓の配置、筋肉の筋、それは案外強い戦士程はっきり見えるものだ。

生体を学ぶ内に身についた技術だが、勿論それだけではない。
それだけでこんな一瞬で人体を解体する術など身につく筈もない。
まあ、それは置いておいて





「………流石に拾ったモノで料理するのは、な」
“薄汚れた麻袋”を抱えてしばし考えてみたが、それはその辺に捨て置くことにした。
キッチンはまだ完全に掃除しきれてはいないが、まあ見苦しくはない程度に片付いた。

鍋も調度程よく煮込まれた頃合い。
多少邪魔が入ったが、家主が帰ってくる前に片付けられたし、料理に支障はない。



―ただいま。

約束の言葉を唱えてやる準備は、もう整った。
後は家主の帰りを待つのみ。
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物心ついた時から一人だった。
でもその物心ついた時っつーのはやたらに曖昧で、案外幼くもない。
モロクのスラムでゴミを漁って生を繋いでいた。

だがそんなに悲惨な人生を歩んだ訳じゃないと思う。
どれくらいそうやって生きてたかは解らないが、まるで自我を持ったように俺が記憶として残せた期間において、みすぼらしく暮らしたのはほんの数日。

廃棄場そのもののような街のどこかで一本の剣を拾い、それで弱肉強食の餓えた街をのし上がった。
さてそっちの期間もそう悲惨ではなく、長くもなかった。
勝因は俺の才能にあったのかもしれないが、わかりやすいとこでは食料だろう。
まともに食えるものは強い奴が掌握する一握り、それ以外は吐き気を催すようなもんばかり。
その中で俺は全く食い物に困らなかった。

俺にとっての食料はそのへんにごろごろ“いた”。
本当に追い詰められた時以外あまり食料としてはみないはずのその生き物を、何故か俺は当然のように補食していた。

案外、それは今でも抵抗なく口にできる。




「…切れねーなあ。」
装飾もなく、刃に閃きも少ない剣を消えかけの電灯にかざした。
血がこびりついて錆びている。
これを打ち直してもらおうと、先日プロンテラまで出てったっつーのに、思わぬ出会いにそれをすっかり忘れてた。

「悪いな、痛えだろ。」
肉を斬られるのではなく、潰されて骨を砕かれた奴らが床に転がる。
一応致命傷は避けてるが、傷の具合が綺麗じゃないから塞がりにくいだろう。
出血多量で死なれたら勿体ない。
こうゆう血気盛んなのは俺にはありがたい存在だ。
すぐに抗争を起こしてドンパチ始めて、ややこしくなるとモロクの中でもお綺麗な奴らが俺に鎮圧や“掃除”を依頼してくる。

それにもう一つの理由は、その辺に散る、儚く酸化していく赤い体液。
剣の劣化のせいでスッパリと切れずに弾け飛んだ小さな肉片。
幼い頃から俺を育んだもの。

「っう、あ…」
その辺に転がってたやつらから、比較的若くて元気そうだったやつの頭を引っつかんだ。
が、すぐに手を放したらそいつは血の海にまた顔を埋めた。
「っと、今日はこんなもんよりよっぽどいいご馳走が家で待ってんだよな。」

まだ奥に残党がごろごろいる。
さっさと片付けて帰ろう。

さて夕飯は何だろう。
お上品なあの男は何をご馳走してくれるのか。
味覚が俺と合えば幸いだ。


喚くガキみたいな声と、キチガイみたいな声。
頭の線の切れちまった奴の声はみんな甲高くて醜い。

背後以外の三方から飛んでくる刃を、ボールを避けるみたいにかわす。
しっかり訓練を受けたり、魔物相手に死線を越えてきた相手じゃなければ、大体掠りもしない。

脇にいた太った奴を特に狙い無く切り払う。
そして溢れ出る悲鳴と血と、腹の脂肪の黄色。
「グラタン?」

そのまま剣の勢いを殺さずに、反対から来た奴を切り上げる。
黒い肌したひょろっちょい、この街で負け組に即分類されるような奴。
「…あ、パイとか。よく焼けて香ばしいやつ。」

前方の青年の太刀筋はなかなか。
力はないが豹のようにしなやか、これは才能だろうか。
腕を避けて胴を縦に切り下ろす。

身体の中心線から血を吹き出す青年を足掛けて更に突き進む。
舞う鮮血が顔に冷たい。
「んー、ミネストローネ?」
血の芳香の中に、出来立ての料理の匂いが紛れる。

気が付けば剣先はこの島の頭領を捕らえていた。
これには抹殺命令がある。

驚愕に固まって、喚き命請いを始めてかけた顔に向かって剣をふり下ろす。
剣の刃は伏せて。


一瞬で腕の筋肉が凝縮、血管もその中を駆け巡り皮膚下で膨れ上がる。
右の胸筋から右の指先までが、まるで人間のものではないように…

そして風ごと潰すような轟音の中に、骨と肉を潰す音は紛れて消えた。
さっきまで醜い顔をしていた人間は首から上がハンマーで吹き飛ばしたように潰れて数メートル先に転がっていた。


残った者は皆、驚愕として言葉を失い、恐怖に震えている。


「ああ、ミートソースパスタもいいな。」

チェックメイトを取られて静まり帰っていた敗者達の陣地には、そんな素っ頓狂な呟きだけが響いて時が止まっていた。




ワインを買って帰ろう。
この夜を染めた、朽ちて黒を帯びていく鮮血のようなレッドの。

「………失礼する。」
「まてまてまてまて!!!!!!!!」

久しぶりに見つけて軟派してきた特上の美人は、我が家に足を踏み入れるなりさっさと踵を返した。

場所はモロク。
ごろつきや安っぽい娼婦が徘徊する通りを過ぎて我が家はある。
モロクのこんなスラムの中では珍しくしっかりした家だ。
そんなに金に困ってもいないのでコンクリート打ちっぱなしの家だが中はしっかりと外界の熱を遮断して冷房が効いてる。

個人の趣味で、オペラのポスターや魔物の骨や牙を装飾して壁に飾ってある。
照明も知り合いのジャンク屋と戯れに作ったこじんまりとして少しばかり明るいシャンデリア。
飾りっ気がない殺伐とした家ではない、むしろ妖しいムードが楽しめる我が家だと胸を張れる。

が、それも一週間前の話。
少し忙しくモロクを離れるのに、家の中のものを引っ掻き回して旅仕度をしたまま、つまりは散らかっていて、自慢のインテリアもそれを際立たせるただのジャンクにしか見えない。

こう見ると、たしかに来て早々踵を返したくなる気持ちは分かる。
しかも冷房を消していた為、室内はまるで釜戸だ。


冷房をつけて床に散乱したものをまず片付ければ、客人は気を取り直してソファに腰掛けてくれた。

だが



「……はたきと雑巾を貸せ。」
「は?」

プラチナブロンドの美人は縁無し眼鏡の奥で据わった目をこちらに向けてきた。

「こんなかび臭くてそこらに埃や害虫が潜む家に一分もいられるものか。掃除用具を一式出せ。無いのなら水と今お前が着てるアンダーでもよこせ。」




夏の終わり頃。
何故か突然の年末大掃除が始まった。







まるで家政婦がするように手際よく片付けが進む。
こちらの素性は知らないだろうが、あまり一般人には見せられない書類があちこちに散乱していて、そこを掃除させるのは気が引けたのだが、何しろあまりの早さ。
止める間もなければ、彼がその書類達を盗み見る間もない。

積もった埃やこびりついたかびや汚れを親の敵のように取り除いていく。

「お疲れさん」

いつも麦酒用に冷やしていたグラスに茶を入れて差し出す。
綺麗好きのお姫様はそのグラスまで目を光らせてチェックしだした。

幸い、そこは合格を貰えたらしく、冷茶はいい音をたてて彼の体の中に落ちていった。


「全く、モロクというだけで砂と熱がやっかいだと言うのに、よくもこんな風土を無視した内装で暮らす気になれるものだ。」
「案外、住めば都だぜ。治安の悪さのおかげで退屈しなくて済む。」
「………。」

俺の発言を不快に感じた…というわけではないらしい。
口には出さないが、共感しているようにも感じた。
この男も対外分からない…まあ、それはお互い様か。

「アンタ、殴りウィザードか?」「下品な言い方をするな。魔法以外での戦いも得手とはしている。」
「だろうな。」

筋肉のつきかたがただのウィザードとは違う、かと言って訓練してできた均等で無駄のある付き方でもない。
生まれながらにそうあるべくして、そして戦いの中で成長してきたような体。

「…鳴っているぞ。」
「あ?」

思わずじっくりと観察をしていて、電話のベルが鳴ってるのに気付かなかった。
冒険者の仲間からなら電話なんぞ使わなくてもWISで済む。
電話の相手は赤の他人か、仕事の仲介人だ。

今はそれより大事な用がある。
出たくない。

「…今は仕事する気分じゃない。」
「仕事?」
「この辺あたりのゴロツキ掃除だろ。」
「………。」

水を溜めたバケツの中に雑巾ごと手を漬けたまま、彼は何か考え込んでいた。



「行ってこい。」
「は?」

まるで主人のような物言い。
やってることは掃除でまるで小間使いなのに。

「生憎、今はそれよりせっかく成功した軟派だ。
アンタをじっくり口説きたいんだが?」
「軟派されたつもりも口説かれたつもりもないが。」

雑巾を絞り、雫がバケツの中で撥ねて涼しげな音をたてている。

「アンタがぼんやりしてる横で掃除するのも癪だ。どこか行っていてくれ。」
何をしに来たんだあんたは?掃除屋か?

「約束は守る。」
「………。」
うっかり「約束って何だ」と聞きそうになった。
一応彼は俺に手料理をご馳走してくれることになってる。
ここで馬鹿なことを聞いたら「何をしたくてここまで連れて来たんだ」とお叱りをうけそうだ。

「オッケー、じゃあ条件がある。」
「なんだ。」
「行ってらっしゃいと、お帰りなさい」


もう、俺の家で、言われたい人から聞くことなんてないと思っていた、その言葉を。




「行ってこい。」

どこか投げやりではあるけれど
十分今の俺の心には響いた。

心が篭ってない分は、その唇から
いってらっしゃいのキスということで無理矢理貰い受ける。

「行ってきます」


それに帰ってくる言葉はなかったが
立ち尽くした彼の姿。
立ち尽くしたままでもいいから、戻ってくる時にそこにいてくれればいい。


帰ってきたら温かい料理に、飲みそびれて年代物になりかけてるワインを並べて
彼から「お帰りなさい」の言葉を貰うんだ。


心が篭ってなかったら、またその唇から半分支払って貰えばいい。

何も代わり映えない風景が、彼を見た瞬間に凍り付き、そして崩れ去った気がした。




世界には私と、彼だけになった。もしくは、なればいいと思ったのかもしれない。
ある意味では見覚えがあり、ある意味ではない、クルセイダーだった。






別に彼を捜していた訳ではなかった。
望んだ訳でもなかった。


何故なら初めから知らなかったのだから。
知っていたら、どうしようもなく求めた筈だ。




私の半身。





本当に突然のことで頭が着いていかないが、確信があった。
それはあちらも同じようで…




さっきまでへらへらと浮かべた薄っぺらい笑みを削ぎ落とした。





「コンバンワ」

まるで人形に話し掛けるようにそんな気の抜けた挨拶をしてくる。
しかしその目は真剣だった。
その目に免じて無視はしないでおいてやろう。

「今は朝だ。」

そう言い捨てれば、彼はしばし目を丸くして、笑った。

「……なあ。」

今度の彼の笑みは、どこか辛辣だ。

「アンタの家、行っていい?」

ここは狩りを共する一時の仲間を募集し集まる場所。
とても場違いな誘いだった。

こちらはウィザード、狩りに使えないわけではない。
私を捉えておく理由が必要ならそれでいいだろうに。


「事には順序があるものだ。何処に初対面の不審者を迎え入れる馬鹿がいる。」
「ここにいる。」

彼は段々と驚きを落ち着けて、余裕を取り戻して笑う。
その表情は力強く、野性的な魅力があった。

私と同じ顔であるはずなのに。

「アンタの家が駄目なら、俺の家に。」
「……。」

彼でなければ、こんな馬鹿な申し出は断った。
この顔でなければ。

「ジュノーの酒は好きか?とびっきりのがある。
ああ、なんとかっつーアユタヤの料理もあったな。」

交渉にしては幼稚で
軟派にしては必死。

「…ジュノーの酒もアユタヤ料理も好みではない。」
「……。」
「それより美味いものがある。」
こんな下品な男の誘いに乗ってやるのは癪だが、私としてもこの男を今逃したくはない。
それは互いに同じ筈だ。

「…即席でよければ馳走してやりに行こうか。」


さっきまでどこかぴりぴりしていた空気が、一気に和らいだ、
全てはこの男の感情が空気ににじませていたものだ。

彼はニッと白い歯を見せて、子供っぽく笑った。


私と同じ顔をして。
違うといえば肌の色と、髪の長さ。
だがこんなにも彼の表情は自分と違う。
本質は同じ筈なのに。




「歓迎するよ、兄弟」




それは彼の着く聖職になぞらえた冗談か
それとも言葉通りの意味か



それは数時間後には明らかになることだろう。
僕のギルドには素敵な先輩がいます。
僕はその人を追いかけてこのギルドに入ったけど
その人は既にギルド内に恋人がいました。

正直、僕は男で、先輩も男だから始めからこの恋の成就は諦め気味だったのに
先輩の恋人はよりによって男で


ぐずぐずしてないでアタックしてればよかったのかな、って少し思わないことはないです。
それでも無理だっただろうけど

それでも

「セイヤは可愛いねーw」
「でもプリーストになったら法衣が似合わなくなります…」
「いや、そのサイズと顔のままプリーストになってほしいな。」
「ルナティスさんみたいなプリーストになりたいのに」
「僕もよく童顔だって言われるけどなあ」

こんな風に子供扱いの抱きしめ方じゃなくて
恋人みたいに優しく、でも熱く抱いてくれなかったかなと
夢見ずにはいられなくて…

まあ、今こんな風にスキンシップできるのも、宴会で酒が回ってるからだけど。


「っしゃ勝ったァァアアア!!!」
何やら雄叫びをあげているブラックスミスは僕の先輩でありギルドのマスター代理をしているマナさん。
優しくて強くてわがままで面白い、美人な女性。
その足元にうずくまってるのはもの静かなアサシンのヒショウさんで、ルナティスさんの恋人でもある……。

いつも伏し目がちで前髪下ろして顔も伏せて、今はそうでもないけど昔はギルドメンバーの前でもマスクで顔をかくしてた。
そんな風にしてるからギルドに入ってからもしばらく気付かなかったけど
綺麗な人なんだよなあ…
綺麗というか男前で、引っ込み思案だけど優しい。

性格が少しじめっぽいからなんでこの人が?って思うことはあるけど


それでも僕より全然魅力的……


ああ、考えてたら思考が暗くなっちゃった。
せっかくの宴会なのに。
意味がなくてもしょっちゅうある宴会だけど。

「ヒショウ、しっかりしろ」
このざわめきの中でも少し目立つバス音程な声がした。
体格もやたら大きい後ろ姿。
クルセイダーのレイヴァ先輩で、最近教会でよく見るようになって、お仕事でもお世話になってる。

クールとか寡黙っていうより、無愛想だ。
でも
「っすまない、手を…」
くらくらしてるヒショウに助けを求められて、嫌な顔一つせずに応じてる。

……最近、レイヴァさんがよく目につくようになったから気付いたけど、彼はヒショウさんにだけ態度が違う。
むしろ、少し「しょうがないな」みたいに苦笑いしてる。
そんな風にするのは彼にだけだ。

「……。」
本人の故意じゃないのは分かる、でも
ルナティスさんがいるのに、何でレイヴァさんまでとるの…。





ん?
あれ?

何で、レイヴァさんのことでもやもやしてるんだ、僕。

「…っ…」
「吐きそうか?」
「いや、それは、ない…が、力が…」

欲しかった装備を賭けられて、珍しくがぶ飲みしてましたしね。
ソファに移動してから、前のめりに倒れそうになったのをしがみつかれる。
レイヴァさんはそれを支えて、軽く背中に手を添えてやってる。



「………。」
「セイヤ?」



レイヴァさんが、小さく笑ってる。




なんだか、胸のあたりが、肺が、ちくんとする。

なんだろう、僕…なんだかおかしい。


「わっ、どうしたセイヤ」
お酒で温かくなってるルナティスさんの胸にしがみついた。

「僕、泣き上戸なんです、よぅ~」
声をわざとしなしなにしてそうごまかした。
泣きそうになったのを、我慢すれば出来た。
でもルナティスさんの胸に顔を埋めてかくしてしまえば、止められないくらい涙が溢れる。

何でだよ…。
レイヴァさんには確かにお世話になってるけど、好みとは全然違うし、そんなカッコイイとも思わない。

でも…
もし彼がヒショウさんを好きだったらと思うと、苦しい、悔しい。
もう、ルナティスさんとは完全な片思いだって知った時みたいに…



「泣き上戸はね、愚痴ったり無理に笑わないでひたすら泣いて飲めば治るよー」
酔っ払いの勢いでそんなことを言って、さっきまで僕にお酒を飲ませないようにしていたルナティスさんがグラスを差し出してきた。
そうやって頭を叩いてくる手は、酔っ払いにしては優し過ぎる。

そうだよ、僕は飲んでないんだから酔って泣き上戸になってるわけがない。
…ルナティスさんは、気付いてもそれを追求したり、誰かに言うような野暮な人じゃない。



ありがとうも言えないくらい泣きながら、渡されたグラスを飲み干した。
まだそれを美味しいとは感じないけど、体が温かくなって頭に熱が上る感覚。
それを求めて、何杯も飲みました。

そして
僕は未成年にして初めて二日酔いというものを体験しました。

あれだけふらふらになってたヒショウさんは朝には元気になってました。
…大人ってすごい。
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