*小説を携帯などからUPするスペースです。(かなり自分用です。)
*小話からプチ長編や、本編もちょくちょく更新すると思われます。
*かなりぶつ切りです。
*携帯からの更新故にあまり整理はできません(笑)
*携帯にも対応しています。
*コメントでの感想なども歓迎です。
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まるでぬるま湯に浸かるような肌に心地良い陽気が差し込む。
こんな温かな空気に抱かれれば睡魔に誘われもするだろう。
犬や猫のような小動物が寝そべり静かにうたた寝するのが似合う午後、グローリィの膝にて眠るのはそれではなく若いアサシン、もちろんルァジノールだ。真っ白な髪に温かな光が射し眩しく輝く。
彼が人前でも警戒を解けるようになったのは珍しいことではない。グローリィを始め何名も名前をあげられる、敵ではないと知れば彼は容易に警戒を解けるようになった。
しかしこんな午後にうたた寝するのは珍しい。
春の陽気のせいだろうか、瞼を重そうにしていたジノに、ひざ枕を知らなかったらしい彼に、提案してあっさりと寝付かせたのは数分前のことだ。
「良い夢を見ていますか、ジノ」静かに問い掛けても返事はない、余程深く寝入っている様子。
寝所でさえ微かな物音に跳び起きていた彼が深い眠りを覚えたというのは良い傾向だと思う。
そっと柔らかな白髪を指先で撫でた。
膝を愛しい人に占拠され、眠りの空気が取り巻く中にいて眠くならないはずはない。
「私は…」
しかし
「そろそろ、後ろから刺さる殺気が悪夢になって出てきそう…かな…」
子供なら泣き出し、大人なら固まり、動物なら逃げ出しそうな殺気を放ち、後ろから首筋に刃を突き付けてくるアサシンがいる。
どうやらグローリィの代わりに仕事に出ているルナティスから伝言を預かってきたらしい。
暗殺者と冒険者という違いはあれど同じ「アサシン」という称号を持つ立場であるヒショウにとってルァジノールは後輩であり弟か息子のような感情さえも持つ。
そんな彼に危険が迫ればヒショウ身体を張る。つまり現在危険であると見なされたのはグローリィで、先刻からずっとこんな調子で刃物を突き付けてきている。
それなのに何か文句の一つでも言おうとすれば
「静かにしろ、ジノが起きる。」
この状況でつまり膝の上のルァジノールを起こすなと言う。
「鬼ですか貴方。」
かと言っても彼は良識ある人間だと理解している。
ヒショウがそっくなくあたれるのは彼の恋人たるルナティスか、グローリィくらいのものだ。
目の前で恋人掠奪宣言をしたことで目の敵にされたのがきっかけとはいえ、ヒショウが素で対応する数少ない人間の内の一人に入っているのだと思えば気分は悪くない。
「先日、ジュノスというリキュールが手に入ったのですが」
本当は、好きでもない実家の力で取り寄せさせた。
ジュノーの特産にしようと現地の若者が開発したらしいのだが、新しくてまだ流通に乗っていない上に作れる数に限りがある珍しい代物。
それをグローリィ自身はそんなに興味はなかったし詳しく知らないのだが、ヒショウが気にかけていたというのは知っている。
「よかったら飲みますか。」
「………。」
ここで飲むと言えば自然とカタールを下げなければならなくなる。
しかし冷静を装った目が揺らいで唇が何か言いたげに緩められているのが面白かった。
ヒショウにとってグローリィが素で向き合える人間なら、グローリィにとってヒショウは心から興味を持てる人間だった。からかい甲斐があるし彼の造形の整った顔は好きだ。
また、自分が絶対に落とせない人間だと知っているからこそ
「お代はキス一回で良いですよ」
ふざけて言い寄れるというものだ。
「俺の愛刀とのキスだったら喜んで」
「…貴方、本当に近頃ドSですね。」
苦笑いするグローリィに怒りを見せ付けるようにカタールの刃先で肌を撫でる。
「……。」
それは脅しというには優しいものだと思う。
剣先でありながら刃を立てず剣の腹で肌を押すように撫でるだけ。
皮も切れないような脅し。
思わず笑いそうになる。
「…この子とキス、一回ですよね」
そう言うとヒショウは心底怪訝な顔をした。この子、とは一体誰を指すのか。キスを、と示したのはヒショウが手にしているカタールしかない。
つまりはそういうことだった。少し身体をずらして、首を傾けて唇をカタールに寄せて見せた。
ぎょっとしたものの、咄嗟にカタールを引いてしまわなかったのは流石というべきか。
既にカタールの刃先はグローリィの口の中にあったのだから、引いていたら彼の舌や唇を傷つけてしまうところだ。
刃に沿って舌を滑らせ、逃がさないと刃の反対を指で押さえる。
刃で噛まれて鳴った僅かな唾なりがカタールの声にも思えた。
ヒショウはどうにも動かせなくなり、奇行にでているグローリィをせめて傷付けないようにカタールを固定する。
「……もういい。」
ニヤリと笑みながらヒショウを見上げる、まるで挑発されるようだったがそれでも動けない。
遂に彼は根を上げた。
「分かったから、やめろ。」
放されたカタールは尖端だけなぶられ唾液にうっすらと濡れていた。
ヒショウは潔癖だと彼の恋人が言っていた気がしたので開放ついでに法衣の袖で拭ってやる。
もう脅す気も失せたらしく、カタールは腰の鞘に収められてカチンと小さく鳴いた。
「……では、私はまだジノといたいので」
少し彼の眠りが浅くなってきているようだが、それを猫を寝かしつけるように撫でてやる。
「夜、ルナティスも帰ってくる頃にそちらにお邪魔しますよ。」
「……。」
「警戒しなくても良いですよ。ジノに嫌な思いさせたくないのは、誰よりも私なんですから。」
まだ少し不満を残しながらも彼は背を向けて渋々といった様子で部屋を後にする。
彼がいなくなって、やっとグローリィにも眠気誘う温かなな日差しが戻ってきたように思う。
けれど少し寂しくも思う。
グローリィにとって彼は他にないタイプの人間で、他にない自分を晒せる人間だ。
結局は相手が面白いとか相手が良いとかではなく、その相手に接している自分を見るのが面白いのだから、どこまでもグローリィには我しかないのだが。
「………。」
その点、今膝の上にいる青年には着飾れない。
自分が分からない。
ただ愛しい。
優しくしたい。
優しい時間を与えたいから、今も起こさないように気を使う。
見返りなど、求めずに。
これもある意味では無償の愛と言えるだろうか?聖職者でありながら務めないこの私が!、そう自身で思いながら笑ってしまう。
自然と唇を突いて溢れるその言葉は
「主よ、私は貴方より貴方の息子を愛してしまいます。」
愛の告白でありながら
「貴方が許される者を許す方ならばどうか」
背徳に塗れた懺悔
「貴方ではなくその息子にのみ祈りたがる私をお許し下さい。」
しかしその瞳には懺悔の気配はなく、心底愉しそうで
「ただし、私は一心に祈りましょう、誰よりもこの神に捧げましょう。誰にも成せなかったような目に見える程の信仰をしましょう。そしてお許し下さい、誰もが不純だと指差す私の信仰を、しかしこの思いは何よりも純粋なのです。
__amen.」
祈りもどこか押し付けがましく聞こえた。
そして祈る為に組んだ指はルァジノールの髪を絡めとっているのだ。
まるで逃がさないと捕えるように
何もかもが矛盾する、この青年の前では
何も分からなくなり、そして
少しずつ狂っていくのだ。
こんな温かな空気に抱かれれば睡魔に誘われもするだろう。
犬や猫のような小動物が寝そべり静かにうたた寝するのが似合う午後、グローリィの膝にて眠るのはそれではなく若いアサシン、もちろんルァジノールだ。真っ白な髪に温かな光が射し眩しく輝く。
彼が人前でも警戒を解けるようになったのは珍しいことではない。グローリィを始め何名も名前をあげられる、敵ではないと知れば彼は容易に警戒を解けるようになった。
しかしこんな午後にうたた寝するのは珍しい。
春の陽気のせいだろうか、瞼を重そうにしていたジノに、ひざ枕を知らなかったらしい彼に、提案してあっさりと寝付かせたのは数分前のことだ。
「良い夢を見ていますか、ジノ」静かに問い掛けても返事はない、余程深く寝入っている様子。
寝所でさえ微かな物音に跳び起きていた彼が深い眠りを覚えたというのは良い傾向だと思う。
そっと柔らかな白髪を指先で撫でた。
膝を愛しい人に占拠され、眠りの空気が取り巻く中にいて眠くならないはずはない。
「私は…」
しかし
「そろそろ、後ろから刺さる殺気が悪夢になって出てきそう…かな…」
子供なら泣き出し、大人なら固まり、動物なら逃げ出しそうな殺気を放ち、後ろから首筋に刃を突き付けてくるアサシンがいる。
どうやらグローリィの代わりに仕事に出ているルナティスから伝言を預かってきたらしい。
暗殺者と冒険者という違いはあれど同じ「アサシン」という称号を持つ立場であるヒショウにとってルァジノールは後輩であり弟か息子のような感情さえも持つ。
そんな彼に危険が迫ればヒショウ身体を張る。つまり現在危険であると見なされたのはグローリィで、先刻からずっとこんな調子で刃物を突き付けてきている。
それなのに何か文句の一つでも言おうとすれば
「静かにしろ、ジノが起きる。」
この状況でつまり膝の上のルァジノールを起こすなと言う。
「鬼ですか貴方。」
かと言っても彼は良識ある人間だと理解している。
ヒショウがそっくなくあたれるのは彼の恋人たるルナティスか、グローリィくらいのものだ。
目の前で恋人掠奪宣言をしたことで目の敵にされたのがきっかけとはいえ、ヒショウが素で対応する数少ない人間の内の一人に入っているのだと思えば気分は悪くない。
「先日、ジュノスというリキュールが手に入ったのですが」
本当は、好きでもない実家の力で取り寄せさせた。
ジュノーの特産にしようと現地の若者が開発したらしいのだが、新しくてまだ流通に乗っていない上に作れる数に限りがある珍しい代物。
それをグローリィ自身はそんなに興味はなかったし詳しく知らないのだが、ヒショウが気にかけていたというのは知っている。
「よかったら飲みますか。」
「………。」
ここで飲むと言えば自然とカタールを下げなければならなくなる。
しかし冷静を装った目が揺らいで唇が何か言いたげに緩められているのが面白かった。
ヒショウにとってグローリィが素で向き合える人間なら、グローリィにとってヒショウは心から興味を持てる人間だった。からかい甲斐があるし彼の造形の整った顔は好きだ。
また、自分が絶対に落とせない人間だと知っているからこそ
「お代はキス一回で良いですよ」
ふざけて言い寄れるというものだ。
「俺の愛刀とのキスだったら喜んで」
「…貴方、本当に近頃ドSですね。」
苦笑いするグローリィに怒りを見せ付けるようにカタールの刃先で肌を撫でる。
「……。」
それは脅しというには優しいものだと思う。
剣先でありながら刃を立てず剣の腹で肌を押すように撫でるだけ。
皮も切れないような脅し。
思わず笑いそうになる。
「…この子とキス、一回ですよね」
そう言うとヒショウは心底怪訝な顔をした。この子、とは一体誰を指すのか。キスを、と示したのはヒショウが手にしているカタールしかない。
つまりはそういうことだった。少し身体をずらして、首を傾けて唇をカタールに寄せて見せた。
ぎょっとしたものの、咄嗟にカタールを引いてしまわなかったのは流石というべきか。
既にカタールの刃先はグローリィの口の中にあったのだから、引いていたら彼の舌や唇を傷つけてしまうところだ。
刃に沿って舌を滑らせ、逃がさないと刃の反対を指で押さえる。
刃で噛まれて鳴った僅かな唾なりがカタールの声にも思えた。
ヒショウはどうにも動かせなくなり、奇行にでているグローリィをせめて傷付けないようにカタールを固定する。
「……もういい。」
ニヤリと笑みながらヒショウを見上げる、まるで挑発されるようだったがそれでも動けない。
遂に彼は根を上げた。
「分かったから、やめろ。」
放されたカタールは尖端だけなぶられ唾液にうっすらと濡れていた。
ヒショウは潔癖だと彼の恋人が言っていた気がしたので開放ついでに法衣の袖で拭ってやる。
もう脅す気も失せたらしく、カタールは腰の鞘に収められてカチンと小さく鳴いた。
「……では、私はまだジノといたいので」
少し彼の眠りが浅くなってきているようだが、それを猫を寝かしつけるように撫でてやる。
「夜、ルナティスも帰ってくる頃にそちらにお邪魔しますよ。」
「……。」
「警戒しなくても良いですよ。ジノに嫌な思いさせたくないのは、誰よりも私なんですから。」
まだ少し不満を残しながらも彼は背を向けて渋々といった様子で部屋を後にする。
彼がいなくなって、やっとグローリィにも眠気誘う温かなな日差しが戻ってきたように思う。
けれど少し寂しくも思う。
グローリィにとって彼は他にないタイプの人間で、他にない自分を晒せる人間だ。
結局は相手が面白いとか相手が良いとかではなく、その相手に接している自分を見るのが面白いのだから、どこまでもグローリィには我しかないのだが。
「………。」
その点、今膝の上にいる青年には着飾れない。
自分が分からない。
ただ愛しい。
優しくしたい。
優しい時間を与えたいから、今も起こさないように気を使う。
見返りなど、求めずに。
これもある意味では無償の愛と言えるだろうか?聖職者でありながら務めないこの私が!、そう自身で思いながら笑ってしまう。
自然と唇を突いて溢れるその言葉は
「主よ、私は貴方より貴方の息子を愛してしまいます。」
愛の告白でありながら
「貴方が許される者を許す方ならばどうか」
背徳に塗れた懺悔
「貴方ではなくその息子にのみ祈りたがる私をお許し下さい。」
しかしその瞳には懺悔の気配はなく、心底愉しそうで
「ただし、私は一心に祈りましょう、誰よりもこの神に捧げましょう。誰にも成せなかったような目に見える程の信仰をしましょう。そしてお許し下さい、誰もが不純だと指差す私の信仰を、しかしこの思いは何よりも純粋なのです。
__amen.」
祈りもどこか押し付けがましく聞こえた。
そして祈る為に組んだ指はルァジノールの髪を絡めとっているのだ。
まるで逃がさないと捕えるように
何もかもが矛盾する、この青年の前では
何も分からなくなり、そして
少しずつ狂っていくのだ。
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外は雨。
彼は窓際で水色の紙を見ていた。
「手紙ですか?」
「ああ。水色の髪の可愛い子から。」
「女の子ですか?」
「ええ。」
彼はいつもにこにこしていて、丁寧な物腰で、感情がないと思う。
司祭であるくせに彼の言葉に神の愛はないと思う。
先輩に対して罰当たりなことだが、思うのだから仕方ない。
「…ラブレターですかね?」
ずっと読んでるくせに、その内容が理解できないとばかりに司祭は首をかしげる。
雨の湿気のせいか、いつもより艶の鈍い銀髪が肩から落ちた。
「でしょうよ。」
「でも、付き合ってくださいとかいう言葉は無いんですよ。」
「思いを告げるだけでも立派なラブレターでしょ。」
「…無欲ですねえ、可愛い子だ。」
まるで恋人から貰った手紙のように、それにキスをして丁寧にたたみ直す。
いつだったかこの司祭、男が好きだと自分で言っていた気がする。
「コーヒー、飲みますか。」
「ああ、ありがとう。」
「ブラック、好きですか?」
「好きですよ。」
この間は自分はものすごい甘党だと言っていた気がする。
でも、差し出したコーヒーをとてもおいしそうに飲んだ。
机の上に本があった。
昨日読んでいた小説とは違う、哲学の書。
昨日、その本について問うたら、笑いながら小説の登場人物やストーリーについて子供のように無邪気に語って「何度読んでも面白い」と言っていた。
あと、部屋の中には必ず何かしらの花が生けてある。
昨日は確か小さい薔薇だった。その前は蘭。デージーなんて日もあっただろうか。
今日は彼岸花。
「彼岸花…。」
「ええ、好きなんです。」
前の花の時と全く同じことを言う。
「司祭」
「はい。」
「司祭に嫌いなものってありますか?」
「たくさんありますよ。」
「何ですか?」
「何でしょうね。」
はぐらかされた。
彼が何かを嫌いだと言ったところを聞いたことが無い。
昔はただ「何でも好きになれる、いい人なんだろう」と思った。
けれど最近おかしいと思い始めた。
異様なまでに嫌いなものがないのである疑惑が浮かんだ。
本当は、好きなものこそ彼にはないんじゃないか。
――司祭に嫌いなものってありますか?
――たくさんありますよ。
好きなものも、たくさんあるという。
おそらく、好きなもの=嫌いなもの、だ。
「司祭」
「ん?」
「無趣味ですね。」
「?」
彼はきょとん、として
でも、肯定するようにまたにっこりと笑った。
しばらくして、彼は仕事に飽きたらしい。
晴れた青空が大好きだと言っていた彼は
大雨が大好きだからと言って
傘もささずに教会を飛び出した。
そして自分はというと
彼を追いかけて傘を1つ余計に持って雨の中をさ迷い歩いている。
雨の中、傘もささずに歩く銀長髪の司祭なんてのは目立つらしく、道行く人に聞けばすぐに分かった。
そして辿り着いたのは、大通りの端、少し人足の少ないスペースで
あの司祭は知らない青年に抱きついていた。
白い髪に白い肌にどこか物憂げで繊細そうな青年、けれど服はアサシン装束。
どこかで同僚が見たらお叱りを受けるだろうに、と他人事のように思った。
そして人目も憚らず、髪を撫でて頬や額にキスをしている。
明らかに他人や友人のスキンシップではない。
そして何より
初めて、あの司祭の本当の笑顔を見た気がする。
もう付き合いが長いから分かる、あの青年こそがあの司祭の“本当に好きなもの”だ。
その時何故か、自分はそこから逃げ出した。
優越感をぶち壊された。
優越感?自分は何に優越していたのだろう。
あの司祭は自分に好きだとは言ってくれなかった。
だって、自分から聞いていないから。
怖くて、聞いていないから。
笑いながら「好きですよ」と言うに決まっているんだ。
嘘ばかり言うその唇で。
この感情は、嫉妬だろうか。
どうやら彼とずっと一緒にいて(といっても職場だけだが)
ずっと彼と話していて(すべて嘘だろうが)
彼と言う人間を理解した気でいた。(嘘つきだということだけだが)
彼は何も好きにならない、つまりは
僕より上もいないのだと安心していたんだ。
「司祭。」
「はい。」
今日は晴れ、また彼の好きな天気。
手元には好きなレモンティーを置いて、仕事をするふりをしてはその大半を好きな論文を読んで時間を潰している。
「前に貴方は無趣味だって言ったけど、訂正します。」
「はあ。」
「単に、1つのことに気が向くと、他はどーでもよくなるんですね。」
そう言うと、彼はしばらく無表情になった。
勘に触ることを、言っただろうか。
不意に彼は立ち上がって、こちらに近づいてくる。
目の前に立って、顔を近づけてくる。
そして浮かべた笑みは…
いつもの嘘と、あのときの本当とは少し違った。
なんだ、この悪女みたいな顔は。
「正解。」
そう言って
下唇の端だけにキスをされる。
「!!!?!!?!?!?」
おもわず変な悲鳴をあげそうになって、自分はバックステップした。
いや、自分は聖職者であってアサシンのスキルなど使えるわけではないが。
「君こそ、僕の何にも興味ないのかと思いきや、いろいろ見てたんですね。」
いつもの、どこか謎めいた司祭とは違って、普通にいたずらっ子な青年になっている。
彼は笑いながら自分の肩をぽんぽんとたたいてくる。
その反応は
素直に、うれしかった。
そして後日、彼は気に入った相手には過剰なセクハラをしてくるセクハラ上司だということを知った。
知りたくもなかった。
思わず一週間も前から事前に約束を取り付けていた。
まめな性格ではないと自負しているのに、一週間後のその日は何時に待ち合わせて何時に何処へ行って何処で食事して…なんて細々したスケジュールを立てた。
確か兄が好きだったというレストランに予約までして。
そして待ち合わせた時間の十数分前に着き、待ち人は待ち合わせ時間の十分前ジャストに来た。
待ち合わせは時間の十分前に…というのが世間のマナー、と彼の保護者が教えていたが、本当に十分調度に合わせてしまうんだから彼にものを教えるのは難しい。
「ジノ、寒くないですか?」
『温まる』
私はそんなに温かくなるほど速足移動するつもりはないんですがね…。
いつもの装束にマントだけの格好。
流石に狩りの装備ではないが、オフにしては堅苦しい。
きっとマントの下には緊急用の短剣でも入っていることだろう。
「これを」
『?』
彼の首に私が着けていたマフラーを巻き付けて、ついでに耳あてを着けさせる。
『グローリィが、寒くなる』
「大丈夫ですよ、コートが温かいし。」
首元が寒いけれど、少し縮まっていればね。
「さて、早く行きましょうか、せっかくのクリスマスです。」
『グローリィ』
「はい?」
手を引いて、彼は着いてくるけれど怪訝な顔をしていた。
『クリスマス、とは、なんだ?』
「……?」
もしかして、クリスマスも知らなかったのだろうか。
『皆が何かを祝っている。でも楽しそうにして、祝っているものを知らない…』
いつも何かを聞く時に申し訳なさそうにする彼だが、今までいた境遇を考えれば無知が多いのは仕方ないことだし、寧ろ彼に何か教えてあげられるのは嬉しいと思う。
人のために動くのが大嫌いな私がそう思ってしまうような純粋さが、このアサシンにはある。
「クリスマスは、神と通じた偉大な人の誕生日をなのですよ。」
『他人の誕生日、なのか…』
「ええ、人々は皆その人の誕生日を祝い祈り、その人を通して神にも祈るのですよ」
『なら…』
ジノは少し唇を引き締めた。
彼なりの苦笑い。
『俺には必要ないな…』
ああ、またちょっと教え方を失敗したかもしれない。
私は引き腰になったジノの手を強く引いて更に歩き出す。
「今頃教会は人で溢れて昼夜問わずミサが行われています。」
今日は絶対に捕まりたくなかったから、私にしては珍しくそれはもう本当に珍しく正攻法で、ここ一週間友人達のミサの代理を引き受けて代わりとして彼等に今日の私の担当を分割して引き受けてもらったのだ。
だから今日は私は教会へ行くつもりはない。
「でも私は今日、教会に行かないし、ほら、町にも祈る人なんていないでしょう?」
周りは楽しそうに歩き行く家族や友人や恋人達。
いつものように冒険者の集まりも掃けている。
『何故』
「可哀相なことにクリスマスでのミサは人々には二の次にされているからですよ。」
『何故』
「いつの間にかクリスマスは、大事な人と過ごす、というのが習慣になったからです。」
少し考えて、そしてそれからジノは目を丸くして私を見た。
「皆が幸せそうなのは、きっと互いに大事な人だ、って確認しあっているからでしょうね。」
『………。』
私の言葉に、今度は問いはこなかった。
返されたのは沈黙と戸惑い。
「どうしました?」
何に彼が戸惑っているのか、そんなのは分かっているけれど。
焦らして聞き出す方が面白い。
『………俺で、いいのか。』
長い沈黙の末に帰って来たのは、また問い。
私はにっこり笑う。
そして繋いでいた彼の手に指を絡めて強く握りしめる。
これが、言葉よりも伝わる返事になればいい。
「…うん、大切だ、って分かればいいんですよね。形式とか、そんな特別なことも要らない、かな。」
『…?』
少し、クリスマスだからって硬くなっていた自分に気付いた。
ジノと過ごして、もっと近付きたいなんて欲張っていたから。
「とりあえず、何かお揃いのものが欲しいな」
『………。』
「そのまえにやっぱり私、首元が寒いから新しいマフラーを買おう。ああ、ジノにももっと綺麗な色のを。」
『………。』
「ついでにコートも買いましょうか。街中まで狩り用のマントだと少し歩きづらいですしね。」
『………。』
ジノから、言葉は帰って来ない。
けれど、私が何か言う度に賛同の代わりに僅かに力が篭る手が愛しい。
振り返れば、顔が赤い。
これは寒さばかりじゃない、と勝手に思うことにする。
「夕飯は何が食べたいですか?」
『…………。』
「クリスマスの定番というと、七面鳥とケーキですが…」
そう言うと、ジノは足を止めてまでの意思表示。
思わず吹きだしそうになった。
確か、ルナのギルドの子にクッキーを貰って大層気に入ったらしいですしね。
甘い物、やっぱり好きなんだなあ。
今まではそんな自分を知る機会もなくて。
真っさらだったこの子がどうなって行くのか、本当に楽しみだと思う。
そして、変わり行く彼の隣には必ず、私がいたい。
「ケーキ、買って帰りましょうか。」
そう言って歩き出すと、ジノも歩調を速めて私の隣を歩き出す。
『ありがとう』
まめな性格ではないと自負しているのに、一週間後のその日は何時に待ち合わせて何時に何処へ行って何処で食事して…なんて細々したスケジュールを立てた。
確か兄が好きだったというレストランに予約までして。
そして待ち合わせた時間の十数分前に着き、待ち人は待ち合わせ時間の十分前ジャストに来た。
待ち合わせは時間の十分前に…というのが世間のマナー、と彼の保護者が教えていたが、本当に十分調度に合わせてしまうんだから彼にものを教えるのは難しい。
「ジノ、寒くないですか?」
『温まる』
私はそんなに温かくなるほど速足移動するつもりはないんですがね…。
いつもの装束にマントだけの格好。
流石に狩りの装備ではないが、オフにしては堅苦しい。
きっとマントの下には緊急用の短剣でも入っていることだろう。
「これを」
『?』
彼の首に私が着けていたマフラーを巻き付けて、ついでに耳あてを着けさせる。
『グローリィが、寒くなる』
「大丈夫ですよ、コートが温かいし。」
首元が寒いけれど、少し縮まっていればね。
「さて、早く行きましょうか、せっかくのクリスマスです。」
『グローリィ』
「はい?」
手を引いて、彼は着いてくるけれど怪訝な顔をしていた。
『クリスマス、とは、なんだ?』
「……?」
もしかして、クリスマスも知らなかったのだろうか。
『皆が何かを祝っている。でも楽しそうにして、祝っているものを知らない…』
いつも何かを聞く時に申し訳なさそうにする彼だが、今までいた境遇を考えれば無知が多いのは仕方ないことだし、寧ろ彼に何か教えてあげられるのは嬉しいと思う。
人のために動くのが大嫌いな私がそう思ってしまうような純粋さが、このアサシンにはある。
「クリスマスは、神と通じた偉大な人の誕生日をなのですよ。」
『他人の誕生日、なのか…』
「ええ、人々は皆その人の誕生日を祝い祈り、その人を通して神にも祈るのですよ」
『なら…』
ジノは少し唇を引き締めた。
彼なりの苦笑い。
『俺には必要ないな…』
ああ、またちょっと教え方を失敗したかもしれない。
私は引き腰になったジノの手を強く引いて更に歩き出す。
「今頃教会は人で溢れて昼夜問わずミサが行われています。」
今日は絶対に捕まりたくなかったから、私にしては珍しくそれはもう本当に珍しく正攻法で、ここ一週間友人達のミサの代理を引き受けて代わりとして彼等に今日の私の担当を分割して引き受けてもらったのだ。
だから今日は私は教会へ行くつもりはない。
「でも私は今日、教会に行かないし、ほら、町にも祈る人なんていないでしょう?」
周りは楽しそうに歩き行く家族や友人や恋人達。
いつものように冒険者の集まりも掃けている。
『何故』
「可哀相なことにクリスマスでのミサは人々には二の次にされているからですよ。」
『何故』
「いつの間にかクリスマスは、大事な人と過ごす、というのが習慣になったからです。」
少し考えて、そしてそれからジノは目を丸くして私を見た。
「皆が幸せそうなのは、きっと互いに大事な人だ、って確認しあっているからでしょうね。」
『………。』
私の言葉に、今度は問いはこなかった。
返されたのは沈黙と戸惑い。
「どうしました?」
何に彼が戸惑っているのか、そんなのは分かっているけれど。
焦らして聞き出す方が面白い。
『………俺で、いいのか。』
長い沈黙の末に帰って来たのは、また問い。
私はにっこり笑う。
そして繋いでいた彼の手に指を絡めて強く握りしめる。
これが、言葉よりも伝わる返事になればいい。
「…うん、大切だ、って分かればいいんですよね。形式とか、そんな特別なことも要らない、かな。」
『…?』
少し、クリスマスだからって硬くなっていた自分に気付いた。
ジノと過ごして、もっと近付きたいなんて欲張っていたから。
「とりあえず、何かお揃いのものが欲しいな」
『………。』
「そのまえにやっぱり私、首元が寒いから新しいマフラーを買おう。ああ、ジノにももっと綺麗な色のを。」
『………。』
「ついでにコートも買いましょうか。街中まで狩り用のマントだと少し歩きづらいですしね。」
『………。』
ジノから、言葉は帰って来ない。
けれど、私が何か言う度に賛同の代わりに僅かに力が篭る手が愛しい。
振り返れば、顔が赤い。
これは寒さばかりじゃない、と勝手に思うことにする。
「夕飯は何が食べたいですか?」
『…………。』
「クリスマスの定番というと、七面鳥とケーキですが…」
そう言うと、ジノは足を止めてまでの意思表示。
思わず吹きだしそうになった。
確か、ルナのギルドの子にクッキーを貰って大層気に入ったらしいですしね。
甘い物、やっぱり好きなんだなあ。
今まではそんな自分を知る機会もなくて。
真っさらだったこの子がどうなって行くのか、本当に楽しみだと思う。
そして、変わり行く彼の隣には必ず、私がいたい。
「ケーキ、買って帰りましょうか。」
そう言って歩き出すと、ジノも歩調を速めて私の隣を歩き出す。
『ありがとう』
聖と魔
相反するものでありながらも隣接している
そして互いを渇望するのだ
信仰心と聖に満ち溢れた教会は激しく荒廃している
何故ならば魔に食い荒らされたからである
魔が聖を食い求めたのである
そして今では魔の巣窟に
聖は美しく
魔もまた美しい
沈んだ世界には光がない
微かな光は満ちた闇にすぐに食われ果てる
そして闇は拡大していく
「悲しい仔らよ」
闇の中でぽつりと響く声
優しく聖を纏う声
闇を受け入れ闇を包もうと声は句となりやがて句は歌になる
聖歌が魔を掻き乱す
魔は躍動する
好物たる聖の生贄がそこにいる
やがて闇が集中していき闇が具現化する
ぐらりと闇が揺れて
入口からゆっくりと踏み込んでくる声の源たるプリーストの前に
何も知らぬ子供が学ぶ為に模擬するかのように
闇はプリーストを模っていく
シルエットを、痩身に
服を、プリーストの法衣に
髪を、長く束ねて
その色彩を、銀灰に
顔を、白い人形のように
そして恐怖しろと言わんばかりに魔の者は邪悪に笑む
だがそれに返される聖の者の笑みは違い優しい
「愛し仔らよ」
抱擁し口付けを与えんとばかりに腕を広げてみせる
邪悪な笑みを張り付けていた魔はそれを僅かに歪ませた
「愛が魔に毒であるなら我らは貴方を愛せない
しかし貴方は我らを確かに渇望している
そして我らも貴方を確かに愛しているのだ」
魔法のように祈りのように
愛の詞を囁く
魔は確かに聞いていた
「我らと貴方は毒である互いを求めている。
だが我らが交わればそこに生まれるのは――無」
プリーストは腰に挿していた杖を手にして構える
ただし横にして柄と先の飾りを持って
まるでその杖を差し出すように
「それでも何者も自身が真に求めるものには逆らえぬから」
プリーストは無防備なまま足を進めた
それをまた模擬するようにプリーストを模った魔も歩み寄る
互いに違う笑みをしながら
「互いに毒の杯を飲み干そう
互いに食い合おう
互いに奪い合おう」
聖には死を
魔には生を
そこに生まれる無を求めて…
二人のプリーストは杖を振るい、互いに相手の腹に向けて突き出す
そして
互いの腹を突き破る
「マグヌスエクソシズム!!」
その瞬間どこからともなく割り込んだ退魔の法によって
そこら一帯は光に包まれた
「何やら悪趣味な談話をしていたな」
短髪長身のプリーストがゴツイ杖を担いで教会内に入ってくる
魔が満ちていた教会はただの廃屋と化して
先まで輝くようだった妖しい闇の美は消え失せていた
「ええ、楽しませて貰いました」
「俺にはお前の話はさっぱりだったがな」
「でも、聞いてくれたでしょう。彼らは中々に頭が良く、貪欲ですからね」
「…あんな風に囮役やる奴は初めて見たぜ。」
「詠唱とめんどいんですもん」
「………………。にしても、腹までぶっ刺す必要があったのか」
銀杯のプリーストは杖で腹にあいた穴をヒールで癒していた
致命傷は外しているし、深く刺さる前に後ろの相棒が退魔を行ったので軽傷である
「逃げないように、念のためです…あと」
プリーストは、また先に魔に向けたような笑みを浮かべた。
――私も、魔が欲しかったんです
相反するものでありながらも隣接している
そして互いを渇望するのだ
信仰心と聖に満ち溢れた教会は激しく荒廃している
何故ならば魔に食い荒らされたからである
魔が聖を食い求めたのである
そして今では魔の巣窟に
聖は美しく
魔もまた美しい
沈んだ世界には光がない
微かな光は満ちた闇にすぐに食われ果てる
そして闇は拡大していく
「悲しい仔らよ」
闇の中でぽつりと響く声
優しく聖を纏う声
闇を受け入れ闇を包もうと声は句となりやがて句は歌になる
聖歌が魔を掻き乱す
魔は躍動する
好物たる聖の生贄がそこにいる
やがて闇が集中していき闇が具現化する
ぐらりと闇が揺れて
入口からゆっくりと踏み込んでくる声の源たるプリーストの前に
何も知らぬ子供が学ぶ為に模擬するかのように
闇はプリーストを模っていく
シルエットを、痩身に
服を、プリーストの法衣に
髪を、長く束ねて
その色彩を、銀灰に
顔を、白い人形のように
そして恐怖しろと言わんばかりに魔の者は邪悪に笑む
だがそれに返される聖の者の笑みは違い優しい
「愛し仔らよ」
抱擁し口付けを与えんとばかりに腕を広げてみせる
邪悪な笑みを張り付けていた魔はそれを僅かに歪ませた
「愛が魔に毒であるなら我らは貴方を愛せない
しかし貴方は我らを確かに渇望している
そして我らも貴方を確かに愛しているのだ」
魔法のように祈りのように
愛の詞を囁く
魔は確かに聞いていた
「我らと貴方は毒である互いを求めている。
だが我らが交わればそこに生まれるのは――無」
プリーストは腰に挿していた杖を手にして構える
ただし横にして柄と先の飾りを持って
まるでその杖を差し出すように
「それでも何者も自身が真に求めるものには逆らえぬから」
プリーストは無防備なまま足を進めた
それをまた模擬するようにプリーストを模った魔も歩み寄る
互いに違う笑みをしながら
「互いに毒の杯を飲み干そう
互いに食い合おう
互いに奪い合おう」
聖には死を
魔には生を
そこに生まれる無を求めて…
二人のプリーストは杖を振るい、互いに相手の腹に向けて突き出す
そして
互いの腹を突き破る
「マグヌスエクソシズム!!」
その瞬間どこからともなく割り込んだ退魔の法によって
そこら一帯は光に包まれた
「何やら悪趣味な談話をしていたな」
短髪長身のプリーストがゴツイ杖を担いで教会内に入ってくる
魔が満ちていた教会はただの廃屋と化して
先まで輝くようだった妖しい闇の美は消え失せていた
「ええ、楽しませて貰いました」
「俺にはお前の話はさっぱりだったがな」
「でも、聞いてくれたでしょう。彼らは中々に頭が良く、貪欲ですからね」
「…あんな風に囮役やる奴は初めて見たぜ。」
「詠唱とめんどいんですもん」
「………………。にしても、腹までぶっ刺す必要があったのか」
銀杯のプリーストは杖で腹にあいた穴をヒールで癒していた
致命傷は外しているし、深く刺さる前に後ろの相棒が退魔を行ったので軽傷である
「逃げないように、念のためです…あと」
プリーストは、また先に魔に向けたような笑みを浮かべた。
――私も、魔が欲しかったんです
黒い法衣の裾に沿って、犬が駆け回る。
正確には仔狼。
茶色い毛並みの塊は尻尾をちぎれんばかりに振り乱している。
あんなに息上がってるのに、まだ動き回るのかと無知なアサシンは関心していた。
「デザートウルフは嫌いですか?」
その仔狼とじゃれあっていたプリーストの方が疲れたらしく、遊ぶのをやめてアサシンに向き直る。
アサシンは小さく首を横に振った。
だが普段のこのデザートウルフに対する態度から『好き』という意味でないのは分かる。
『…獣にも優しいな。』
声を音にすることができない青年は、言葉をプリーストに冒険者証を通して通信した。
彼の言葉を補足するなら、「アンタは人を相手にする時だけでなく、獣を相手にするときも平等に優しいのだな」と言いたいようだ。
プリーストはそれに苦笑いで返した。
力を抜いたプリーストの背後に、その獣が飛びかかろうとしていた。
が、プリーストは半身を捻っただけで仔狼を平手でたたき落とした。
『っ!』
優しいなと口にしたそばからそれか。
「…ペットはただの獣じゃないですよ。」
慈愛の表情をして、聖職者は囁く。
「家族…と言ったら綺麗すぎますが」
ならアンタはさっき家族を平手でたたき落としたのかとツッコムところか。
「些細でも、自分の人生というか…生活に確実に関わっている存在ですし。深く関わった今、この子は私の大切な何かですから。」
彼の言うことは少し難しくてわかりにくい。
首をかしげていると、彼は何か思いついたように唇の端を上げた。
「そうだ。ジノにお願いが。」
彼の楽しそうな笑顔というのは、大体信用できない。
一人、痩身のアサシンと子デザートウルフが町を駆けている。
別に楽しそうでも大変そうでもない。
子デザートウルフはただひたすら駆けている。
アサシンは無表情でそれを追っている。
一見では何をしているか、誰も理解することはできない。
『…散歩って、これでいいのか?…まぁいいか。』
ただ青年は一人心の中で自問自答していた。
それでもやはり周りの一般人の驚いたような視線のせいで疑問はぬぐえず、また同じ自問自答を繰り返す。
『……。』
前を走る獣、それの名前を「グリード」と言うが、声をかけたくとも青年は声を発することはできない。
それに何よりグリードは後ろから追ってくるアサシンに懐いていない。
得体の知れない人間が追いかけてくるように思っているのかもしれない。
それでも走る様子に必死さはないのだから、後ろの人間を無視して自分の好きに走っているだけということを、アサシンはなんとなく感じ取り始めていた。
きっと、君にも何か分かるかもしれないよ。
あらゆる意味で信頼しているあのプリーストはそういった。
だからこうして散歩…とはいえぬ散歩をしているのだが。
ただ俊足とスタミナを鍛えているだけにしか思えなくなっていた。
「…うわ、うわ!!」
「?!」
しばらく走っていて息が切れてきた頃、前方で人の慌てふためく声がした。
視線の先にはごつい肉屋の店主が包丁を持ったまま店の前に立ち往生している。
グリードの進行方向はその真っ只中。
デザートウルフは当然肉食。
そういえばアサシン自身も小腹が空いてきた頃、目の前の獣も飢えていたのかも知れない。
「っ!!」
アサシンは半身をひねり、重心を下げて地面すれすれを流れるように高速移動した。
バックステップ、体に負担はかかるし後方移動しかできないのが難点だがそちらのほうが格段に早く移動できる。
肉屋と店主に背を向けて、アサシンの体が子デザートウルフの前に現れた。
「ギャンッ!!」
内心、息を呑んだ。
つい咄嗟に飛び掛ってきていたグリードを平手で突き飛ばしてしまった。
泣き声をあげてそれは石畳の床に転がった。
『……。』
一度転がった獣はすぐに起き上がってうめき声を上げ始める。
完全に敵視して警戒してしまっている。
『…ごめん。』
言ったところで特定の冒険者以外には聞こえない声。
こんなとき、どうすればいいのだろう。
獣に対して謝るとき、飼い主のプリーストならどうするだろう。
考えながら、アサシンは獣と少し距離をおいて前にしゃがみこんだ。
そして手を伸ばす。
『っ…』
牙が手の平と甲に食い込む。
噛み千切ろうという勢いで牙を刺したまま顔を動かして。
『……ごめん。』
生きてきて、謝ることなんて無かった。
職業柄、謝っても仕方ない、意味の無いことばかりしてきたから。
でもきっと、自分とは違って汚れていない人たちは、許しを請うだろう。
アサシンは抵抗しないまま、残った片手で獣の頭をなでようとした。
いっそう牙が食い込んで激痛がしたが、それでもかまれているほうの腕は動かさずに。
茶色い毛並みを撫でる。
『……ごめんなさい。』
ずっと撫でていた。
---続く(微妙な区切り)
正確には仔狼。
茶色い毛並みの塊は尻尾をちぎれんばかりに振り乱している。
あんなに息上がってるのに、まだ動き回るのかと無知なアサシンは関心していた。
「デザートウルフは嫌いですか?」
その仔狼とじゃれあっていたプリーストの方が疲れたらしく、遊ぶのをやめてアサシンに向き直る。
アサシンは小さく首を横に振った。
だが普段のこのデザートウルフに対する態度から『好き』という意味でないのは分かる。
『…獣にも優しいな。』
声を音にすることができない青年は、言葉をプリーストに冒険者証を通して通信した。
彼の言葉を補足するなら、「アンタは人を相手にする時だけでなく、獣を相手にするときも平等に優しいのだな」と言いたいようだ。
プリーストはそれに苦笑いで返した。
力を抜いたプリーストの背後に、その獣が飛びかかろうとしていた。
が、プリーストは半身を捻っただけで仔狼を平手でたたき落とした。
『っ!』
優しいなと口にしたそばからそれか。
「…ペットはただの獣じゃないですよ。」
慈愛の表情をして、聖職者は囁く。
「家族…と言ったら綺麗すぎますが」
ならアンタはさっき家族を平手でたたき落としたのかとツッコムところか。
「些細でも、自分の人生というか…生活に確実に関わっている存在ですし。深く関わった今、この子は私の大切な何かですから。」
彼の言うことは少し難しくてわかりにくい。
首をかしげていると、彼は何か思いついたように唇の端を上げた。
「そうだ。ジノにお願いが。」
彼の楽しそうな笑顔というのは、大体信用できない。
一人、痩身のアサシンと子デザートウルフが町を駆けている。
別に楽しそうでも大変そうでもない。
子デザートウルフはただひたすら駆けている。
アサシンは無表情でそれを追っている。
一見では何をしているか、誰も理解することはできない。
『…散歩って、これでいいのか?…まぁいいか。』
ただ青年は一人心の中で自問自答していた。
それでもやはり周りの一般人の驚いたような視線のせいで疑問はぬぐえず、また同じ自問自答を繰り返す。
『……。』
前を走る獣、それの名前を「グリード」と言うが、声をかけたくとも青年は声を発することはできない。
それに何よりグリードは後ろから追ってくるアサシンに懐いていない。
得体の知れない人間が追いかけてくるように思っているのかもしれない。
それでも走る様子に必死さはないのだから、後ろの人間を無視して自分の好きに走っているだけということを、アサシンはなんとなく感じ取り始めていた。
きっと、君にも何か分かるかもしれないよ。
あらゆる意味で信頼しているあのプリーストはそういった。
だからこうして散歩…とはいえぬ散歩をしているのだが。
ただ俊足とスタミナを鍛えているだけにしか思えなくなっていた。
「…うわ、うわ!!」
「?!」
しばらく走っていて息が切れてきた頃、前方で人の慌てふためく声がした。
視線の先にはごつい肉屋の店主が包丁を持ったまま店の前に立ち往生している。
グリードの進行方向はその真っ只中。
デザートウルフは当然肉食。
そういえばアサシン自身も小腹が空いてきた頃、目の前の獣も飢えていたのかも知れない。
「っ!!」
アサシンは半身をひねり、重心を下げて地面すれすれを流れるように高速移動した。
バックステップ、体に負担はかかるし後方移動しかできないのが難点だがそちらのほうが格段に早く移動できる。
肉屋と店主に背を向けて、アサシンの体が子デザートウルフの前に現れた。
「ギャンッ!!」
内心、息を呑んだ。
つい咄嗟に飛び掛ってきていたグリードを平手で突き飛ばしてしまった。
泣き声をあげてそれは石畳の床に転がった。
『……。』
一度転がった獣はすぐに起き上がってうめき声を上げ始める。
完全に敵視して警戒してしまっている。
『…ごめん。』
言ったところで特定の冒険者以外には聞こえない声。
こんなとき、どうすればいいのだろう。
獣に対して謝るとき、飼い主のプリーストならどうするだろう。
考えながら、アサシンは獣と少し距離をおいて前にしゃがみこんだ。
そして手を伸ばす。
『っ…』
牙が手の平と甲に食い込む。
噛み千切ろうという勢いで牙を刺したまま顔を動かして。
『……ごめん。』
生きてきて、謝ることなんて無かった。
職業柄、謝っても仕方ない、意味の無いことばかりしてきたから。
でもきっと、自分とは違って汚れていない人たちは、許しを請うだろう。
アサシンは抵抗しないまま、残った片手で獣の頭をなでようとした。
いっそう牙が食い込んで激痛がしたが、それでもかまれているほうの腕は動かさずに。
茶色い毛並みを撫でる。
『……ごめんなさい。』
ずっと撫でていた。
---続く(微妙な区切り)
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