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逃亡生活をする私達にはゆっくり湯に浸かるなんて機会は滅多にない。
普通の宿すら殆ど取らないのに、温泉地なんて人が多いところになんか行かないから温泉なんか以っての外だ。

けれどそれが人目に付かない秘湯なら別だ。


「……レイ?」
「………。」
「胸って、揉むとおっきくなるらしいわよ。」
「なにっ!」

揉んでいたというより、いかにも煩わしそうに胸を潰していただけなのだが、レイはぎょっとして自分の胸の膨らみから手をどけた。
顔は中性的、声も高めで、身体は造形が整った痩身。
そんな曖昧だが普段は男以外の何者にもにも見えないレイ。しかし服を脱ぎきつく結んでいた髪を頭上に緩く結いあげればどこから見ても湯煙の美女だ。
だが彼女は身体の女性である部分がきにくわないらしく、湯に漬かりながら自分の身体を睨みつけていた。

「せっかく綺麗なのに」
「…綺麗というのは嬉しいが、女である必要はない。」
「性転換手術でもしちゃえば?」
「副作用として運動機能に支障が出るらしい。」

つまり、試みたことがあるのか。

「それに、本当に男になったらそれこそシェイディに触れさせて貰えなくなる。」
「…それもそうね。」

貞操の危機、100%だものね。

シンリァがそれでも面白そうなのにとか不埒なことを考えながら、苦笑いを返す。

「かわいそうなレイ…」
「ん?」

シンリァの呟きは余りに小さく、レイの耳を掠めただけ。
怪訝な顔するレイを曖昧にかわしながら、シンリァは先に湯を上がっていく。


「…別に女でも、いいんだがな…」

ただ気に食わないのは、シェイディと違うこと。
成長期を終え、声変わりしたシェイディとは当然ながら随分身体が変わってしまった。

弟は自然と男として成長していくのに、自分は女で有る限り彼と同じ成長はできない。
男のように振る舞っても限界がある、いつかはあらゆる面でシェイディには追いつけなくなる日が来る。
それが嫌なのだ。

まあ、幸い彼はそんなに身長が延びなかったが。

「………。」

ふと、溜息。
そして苦笑い。
いつまでもシェイディに囚われないと彼に誓ったのに。
シェイディはいつか善い女性と…きっとマナと結婚して、家庭を持って父になって、自分とは違う所へいくんだ。
それを、自分が捕えてはいけないと分かっているのに。

身体の造りでさえ、彼から離れるのがこんなにも不満だ。


「ん?」

不意に背後で気配、そして水音。
湯煙の向こうから来る無防備な人間は、こちらに気付くと凝視して、固まった。

「ね、姉さっ…すまない!」

いたのはシェイディで、自分がまだ温泉に浸かっているとは知らずに来てしまったらしい。
彼は顔を真っ赤にして、慌ててUターンして戻っていく。

「こら」
「う、うあっ」

岩場に乗り上げたシェイディに飛び掛かり、バランスを崩して倒れ込んでくる彼を抱えたまま湯に戻った。

「一回入ったのにすぐ出たら湯冷めするぞ。」
「っ、っ、わかった!は、放してくれ!」

彼の背にはさぞ生々しくこちらの胸の感触が伝わっていることだろう。
耳まで真っ赤な理由は湯の熱さだけではあるまい。
こう弟を翻弄できるならこの身体も悪くない、なんて単純な発想をしながらレイは笑った。
同時に最愛の人を腕の中に(しかも裸で)閉じ込められる幸福を噛み締めながら。

「…ね、姉さん、頼むから…胸……」
「ん?興奮したか?」

そんな意地の悪い事を言って、彼の股間に手を延ばした
のは、流石にやり過ぎたらしい。



「…ちょっ、レイ、どうしたのその頬。」
「何かのギャグか?」

風呂から上がってきたレイの頬には、くっきり手形の赤い鬱血跡。

「……はは、ちょっとね…。」
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